「日本人のしつけは衰退したか」
   広田照幸 (講談社現代新書 1448)読了。

現在広く流布されている、「家庭のしつけや教育する力が低下している」という言説。
この言説は歴史を辿って考えてみれば、誤認や錯覚に基づく幻想である。このことを資料を駆使して示している本だった。

子供の躾が家庭の責任になった歴史は意外に浅い。そして、昔に比べれば、日本人は(全体として)教育熱心になっている。しつけの面でもだ。

いくつものことに気付かされた。自分では伝統的であると思っている「常識」の中にも、歴史的に観れば、その意外な一面が浮かび上がってくる「常識」も多いのではないかとも思った。

例えば、「援助交際をしている女の子の方が伝統的である」というように。


「“家族の個人化”を考えれば、我が子とはいえ、しょせんは他人である――その他人と人生を共にすることになり、格別なふれあいの瞬間をもつことができたという喜びこそ、親としての醍醐味ということになるかもしれない。」

このあとがきの中の一文を読み、なぜか優しい気持ちになれた自分がいた。

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